大阪高等裁判所 昭和28年(ネ)520号 判決
控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。この判決を求め、被控訴代理人は主文同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の陳述は控訴代理人に於て「(一)訴外植山ひさ代が原判決添付第二目録(以下単に第二目録と略称する)記載の建物を建築したのは昭和二十六年七月より同年十月迄の間であつて、右建築に付ては原判決添付第一目録(以下単に第一目録と略称する)記載の工場の瓦葺屋根の約六割及び僅少の取毀木材を使用したのみであつて、右新築建物に付原始取得を為したものである。而して植山ひさ代は昭和二十六年十一月八日右新築建物に付て和歌山地方法務局受附第一〇七七〇号を以て所有権保存登記を為したのであつて此の登記に於ける建物の表示は本件係争建物の現状に合致するに反し、原告名義の登記簿の表示は現状と著しく相違して居り、両者は法律上も社会観念上も全く別個の建物と観るべきものである。然るに原判決が旧工場の移動した点と係争建物の外形が旧工場のそれと殆ど同様である点のみを重視し、工事費約三十万円を費して現在の建物が造られた実状を顧ず、両者の間に同一性ありと認定したのは不当であり、斯様な認定に従えば登記を目標とする不動産取引は不安で登記の原因及び登記名義人の対人信用を調査しなければ不動産取引が出来ない結果となる。控訴人は本件建物に付其の建物の現状と登記を目標とし、此の登記を信頼して其の所有名義人と売買契約を為し所有権移転登記及び建物の引渡を受けたものであつて、此の取引には何等の過失も無かつたから、法律上も当然保護に値するものである。(二)仮に右建物に付移転の前後を通じ同一性ありとしても被控訴人名義の登記簿の表示は係争建物の現状に合致しないから斯様な登記を以て其の所在場所及び構造の異る建物に付所有権の取得を以て第三者に対抗することは出来ない。斯様な権利を行使することは不動産登記法第九十一条及び民法第百七十七条に違背し第三者の被る不測の損害を顧みないものであつて信義則に反し権利の濫用である」と述べ、被控訴代理人に於て右主張事実中植山ひさ代名義の所有権保存登記の為されたことのみ認め其の余を否認し「訴外植山義三が本件建物を数間西方に移動して内部を飲食店向きに改造することは同人の生計建直しの為家主たる被控訴人が勧告した結果行われたものであつて、此の改装費用は当然被控訴人の負担すべきものであるから、見積費約二十万円は一応植山に於て支出した上で被控訴人の植山に対する別口飴原料代金二十三万円の債権と相殺する約であり、改造完了後植山との間に於て開店の上は毎月金一万五千円の賃料の支払を受ける約定も成立した。而して植山が昭和二十六年十二月開業に至らずして他に転居した際、被控訴人に於て完全な引渡を受けると共に其の管理及び監視を近隣の高岡常二に依嘱し被控訴人自身も一週間に一度位見廻りを為し、昭和二十七年三月よりは畳二十畳を新調備付け寝具炊事具食器等を搬入して自ら之に居住していたところ控訴人のため之を不法に占拠されたものである。次に植山ひさ代なる者は此の建物に付何等の権利を有しないのであるから同人の為した保存登記は無効であり我国の登記簿には公信力が無く、従つてたとえ控訴人が登記簿の記載を信頼したことに付過失が無かつたとしても何等の保護を受け得ない。又被控訴人は不動産登記法第九十一条に則り、登記簿上の表示を「工場」より「店舗」又は「店舗兼居宅」と変更登記を為すべきであるが、すでに植山ひさ代名義の登記の為される以前に所有権取得登記を為しているのであるから、其の建物の種類構造に些少の変動を生じても之を以て登記が無いものと謂うことは出来ないと共に、変更登記をする以前にも何人に対しても本件建物に付所有権を以て対抗することが出来るものである」と述べたほか、いずれも原判決事実摘示と同一である。
<立証省略>
三、理 由
公務所の作成部分につき成立に争がないからその他の部分も成立を認める。甲第三号証原審証人植山義三の証言並に原審及び当審における被訟訴本人尋問の結果によれば被控訴人は昭和二十六年三月二十六日訴外植山義三から同人所有の第一目録記載のような建物(右建物は同人のため同表示のとおり保存登記されていたもの)を代金四十万円で五年の期間内に買戻しができる特約で買受け、その代金中三十一万四千五百円は同訴外人が被控訴人に対し負担していた水飴原料の売買代金債務と相殺し、残額八万五千五百円は同訴外人が右建物に第一、二番の抵当権を設定して訴外和歌山商品販売株式会社に負担していた同額の債務を訴外植山義三において弁済し右抵当権を抹消した際、被控訴人より訴外植山義三に支払う約束をした事実を認めることができる。当審における証人植山義三の証言中右認定に反する部分は之を措信できない。被控訴人が同月二十七日右建物につき所有権取得登記を受けたことは当事者間に争がない。原審証人植山義三、同垣内楠次郎、同植山敏明、同植山ひさ代、同高岡俊二の各証言当審における証人古川九一郎の証言原審及び当審における被控訴人本人の供述並びに原審及び当審における検証の結果によれば訴外植山義三は従来右建物で飴菓子の製造販売業を営み被控訴人へ建物売渡後も被控訴人の承諾の下に依然右建物で飴菓子の製造販売業を営んでいたが、段々その経営が不振となり、局面打開のためその妻植山ひさ代に右建物で飲食店を経営させようと考え、同年六、七月頃被控訴人の諒解の下に、約三十万円の費用を以て飲食店向きに改造したもので、即ち、右建物の腰板を外し地上約三尺のコンクリートを剥がしただけで之をそのまゝ機械力等で約四、五間西方へ牽引して移動させ、従来同家屋西寄りの部分に階下から屋根上まで突き抜けて作つてあつた一間角位の空気抜きを取去つてその部分に屋根瓦を葺き又西側入口を広くし壁の塗替をしたこと、内部は同家屋階下が一面のコンクリート土間であつたのを四室に仕切つて調理場、食堂、スタンド及び居間としたこと、階下南西隅にあつた階段を東側に移し、屋内便所を屋外東側に移したこと、階上は従来二室であつたのを中央の廊下と、四室とに改めたこと、改装の際生じた古材木等を使つて東側裏に六畳一間位の附属建物を増築し、右工事は同年十月頃完了した事実を認めることができる。かように従前の建物を四、五間西方に移動した上外廓を殆んど従前のまゝとし内部に右のような模様替を施しても之を以て従前の建物が滅失して新たな建物が築造されたものとは認め難く、右改造された建物は依然従前の建物と同一の建物であると認めるのを相当とする。従つて右改造された建物は、右建物の改造前と同様、被控訴人の所有に属するのは当然であつて、控訴人主張のように訴外植山義三において従前建物滅失後新築された右建物の所有権を原始的に取得したものと謂うことはできない。
従つて訴外植山義三が本件建物の所有権を原始的に取得したことを前提とする控訴人等の主張はすべてその理由がない。而して右改造後本件建物について訴外植山ひさ代名義で建物の表示を第二目録記載の通りとし昭和二十六年十一月八日和歌山地方法務局受附第一〇七七〇号所有権保存登記がなされたこと、昭和二十七年三月十四日控訴人西川俊一のため同法務局受附第一九五二号所有権移転登記のなされたことは当事者間に争がなく、成立に争のない甲第四号証、乙第一号証、原審証人植山義三の証言により成立を認める乙第二号証の一、乙第三、四号証、原審証人植山義三、同植山ひさ代、同籔本広茂の各証言によれば、訴外植山義三は本件建物が右改造後は従前の建物とは別個の建物だと考え、該建物につきその表示を第二目録記載の通りとしその妻植山ひさ代名義で前記所有権保存登記をし、次で同年十二月十日之を控訴人西川竹男に対し代金七十万円で売渡し、同控訴人はその長男控訴人西川俊一名義で前記所有権移転登記をしたことを認めることができる。控訴人は被控訴人のための所有権取得登記は係争建物の現状に合致せぬから之を以て本件建物所有権の取得を控訴人等に対抗できぬと主張するか被控訴人が所有権移転登記を受けた本件建物に対する所有権保存登記の表示は第一目録記載の通りであつて、さきに認定した建物の現状と相違があること控訴人等の主張のとおりであるが、前示のように、建物の同一性を認め得る以上、不動産登記法第九十一条による変更登記をすることを許容されること勿論であり、かように変更登記の可能な限度においては、この登記手続をする以前においても、その建物の存在を第三者に公示する登記制度の目的は之により達せられていると見るべきであるから、被控訴人は右第一目録記載のとおりの所有権取得登記を以て本件建物の取得を控訴人等に対抗し得ることは明かである。而して同一の建物につき既に甲のため有効な保存登記がなされた後更に別の登記用紙に乙のため所有権保存登記をしたときは後の保存登記は勿論之に基ずくその後の登記もすべて無効と解すべきである、従つて本件建物については既に第一目録記載の表示により訴外植山義三において有効な所有権保存登記をなし之に基ずき被控訴人がその移転登記を経由したのであるから、その後更に植山ひさ代名義でなされた所有権保存登記及び控訴人西川俊一名義の所有権移転登記はともに無効と解すべきである。従つて控訴人等が本件建物を右改造後訴外植山義三、同ひさ代より順次所有権取得したこと前認定のとおりであつても、之が有効な登記がないから、右所有権取得を以て、既に所有権取得登記を経た被控訴人に対抗することができない。控訴人等は本件建物につきその現状と登記を目標としこの登記を信頼して、その名義人より買受けその移転登記及建物引渡を受けたものでこの取引に何等の過失もなかつたから法律上保護さるべき旨主張するけれども、登記の公信力の認められない現行法制の下においては控訴人等が右植山ひさ代名義の無効の保存登記を信頼したことについて過失の有無を問うまでもなく、控訴人等は法律上の保護を受けることができぬものというべく控訴人等の右主張も採用できぬ。控訴人等は被控訴人がその登記に基づき本件建物の所有権を主張するは不動産登記法第九十一条及び民法第百七十七条に違背し第三者の被る不測の損害を顧みないものであつて信義則に反し、権利の濫用であると主張するけれども被控訴人が前記のような有効な登記を根拠として第三者に対し権利を主張することを以て信義則に反し又は権利の濫用ということはできないし、他に控訴人等の右主張を肯認すべき事情が認められないから控訴人等の右主張も理由がない。以上のとおりであるから、第一目録記載の如き登記のなされてある本件建物はその改造の前後を通じ被控訴人の所有に属すること明かであり、本件において控訴人等は之を争うものであるから被控訴人は本件当事者間に右建物所有権の確認を求める法律上の利益を有するものと言うべく、被控訴人の本訴請求中右確認を求める部分はその理由がある。次に控訴人西川俊一のためなされた右第二目録記載通りの建物所有権移転登記は被控訴人のためなされた前掲第一目録記載通りの本件建物所有権移転登記と重複し、被控訴人の本件建物所有権を妨害するものであるから被控訴人は右所有権に基づき控訴人に対し之が抹消登記手続を求めることができる。又控訴人等は本件建物を自己の営業所として現に占有使用していることはその自認するところであるが、控訴人等がその所有権を有せざることは前示の通りであり、他に之が占有の権原あることにつき何等の主張及び立証をしないから控訴人等は被控訴人に対し右建物を明渡すべき義務あること明かである。従つて被控訴人の本訴請求中登記抹消及建物明渡を求める部分も亦その理由がある。
よつて同趣旨に出でた原判決は相当であつて本件控訴はその理由がないから民事訴訟法第三百八十四条第九十五条第八十九条に則り主文のとおり判決する。
(裁判官 朝山二郎 西村初三 沢井種雄)